議論好きの人間よりも、かわすのがうまい人間を、恐れなさい。
~ マリー・エッシェンバッハ(オーストラリアの作家)~
一般的に、議論というものは、お互いの意見を出し合い、新たな考え方やより良い方法を導き出すためのもの。
ただ、議論をすると疲れるという人も多いことでしょう。
逆に議論好きという人もいます。
議論好きの人の根底にあるのは、純粋なる探求心。
それが時に、人に過度のプレッシャーを与えてしまうこともあるのですが、自分の意見を伝えたいし、相手の考えも知りたいということ。
言葉遣いにもよりますが、自分本位の意見ばかり押し通すのでなければ、議論はとても素晴らしいものです。
最初から相手の意見を全否定することなく、どの意見も自分が考えたものとして心で受け止め、そのうえで議論すれば、よりよい結果が得られるでしょう。
議論好きの人は、ともするとトラブルメーカーとして思われることもあるかもしれませんが、本当に注意しなければいけないのは、かわすのがうまい人です。
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かわすのがうまいということは、責任を取ることはしないということ。
ありとあらゆる責任を他人に押し付け、自分に矛先が向かわないようにすることで、一見すると、うまく世の中を渡っているようにも見えます。
ですが、いつも責任を取らずにのらりくらりとかわしていれば、いつの日か、必ず足元をすくわれます。
責任というものは、とても大変なもの。
その責任を自分で負うこともなく、ただ周りの人に押し付けていれば、自分は楽かもしれませんが、まわりはたまったものではありません。
のらりくらりとかわす人は、いずれ、誰からも信用をされなくなってしまいます。
その時に、意見を述べたとして、誰が聞いてくれるでしょうか。
責任を取らずに逃げている人の言葉を、真摯に聞く人はいるのでしょうか。
この世界は、個々に与えられた良心と常識と責任のもとに成り立っています。
だからこそ、のらりくらりとかわす人には、注意していきましょう。
責任の伴わない行動は、いずれ、その人自身に返ってくるのです。
もし、責任から逃げていると感じたのであれば、今からでも真摯に向き合いましょう。