人生の目指す先

平穏にして温和な老年は、静かに、清く、優雅に贈られた生涯の賜物である。

~ キケロ(政治家・哲学者) ~

人間は誰でも平等に年を重ねていきます。
老年がどのようなものであるかは、今までの人生の積み重ねによるものに違いありません。
一体、自分はどのような老年になりたいのでしょうか。

「いつまでも若々しくチャレンジし続けていたい」
「心安らかにのんびりと暮らしたい」
「趣味など自分のために時間を沢山使いたい」

まさに人それぞれ目指すところは違うと思います。
無意識のうちに、自分が目指すような人生を選んでいくはずです。

友人や家族とにぎやかに暮らしたい人は、今から人付き合いに力を入れているはずです。
趣味などに没頭したい人は、今はその時間を犠牲にして夢を膨らませているかもしれません。

「老いる=人類の敵」と言わんばかりに色々と特集されていますが、静かに清く年を重ねてきた人ほど威厳がある人はいません。

地位や名誉ではなく、人間として尊敬できる人。
何気なく話す言葉の一つ一つに、深い意味が感じられるのです。
長い時間を経たからこそ得る知識と経験は、若人にはどうあがいても手が届かないものです。

最近は真面目に生きている人間は損をするという風潮がありますが、人生を真面目に生きることは、誰でもない自分のためだということを忘れてはいけません。

自分の人生は自分のもの。
他の人と比べる必要もないですし、比べられる意味すらありません。

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では、真面目に生きるという意味はどこにあるのでしょうか?

自分の人生を真面目に生きている人間は、他人に対しても誠実に対応できる人間です。
そういう人の周りには、同じように誠実な人が集まってくるのです。
中には、利用しようと近づいて来る者もいるでしょう。
ですが、誠実な仲間がいれば、冷静な助言を得られ、困難に窮することはないのです。

反対に、人に迷惑をかけてまで自分の我を通したいという人間は、困ったときに誰も手を差し伸べません
誰かが手を貸すかもしれませんが、本当に信じられる人かどうかはわかりません。
なぜなら、自分自身が信用できないから、人を信用できるはずもないのです。

どんな人間でも、自分の本当に大切なものは、自分が本当に信用できる人間にしか預けられません。
その大切なものを安心して預けられる人がいることは、心に余裕を持たせる一つの鍵となります。

「今が楽しければいい」「人生なんていつ終わるかわからない」
それもまた真実です。自分の人生がいつ終わりを告げるのかなんて誰にもわかりません

だからこそ、悔いのない人生を送るべきです。
自分の過去を振り返った時に、自分が誇れるような人生を歩んできたという思いこそが、穏やかな老年そのものになるのです。

自分の行いが自分の人生を作っていくという事実を心に刻み、将来の自分が恥じることのないような生き方をしましょう。

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