偽善という言葉にだまされない

人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がして見たいものだ。

~ 夏目漱石(作家) ~

人に親切にするとき、そこに見返りを求めてはいけません。
見返りを求めている時点で、既に親切ではないからです。

▼参考記事
忘れることと覚えておくこと
何事もほどほどに

親切な人というのは、あくまでも自分が困らない程度内で、相手のためを思い自然に行動できる人です。

例えば、エレベーターのドアを閉めようとしたとき、駆け込んでくる人がいたら延長ボタンを押して待ってあげる。
細い道ですれ違うときに、相手が通りやすいように肩をずらしたり待っていたりする。
お年寄りや具合の悪そうな人に、電車やバスで席を譲る。

そういうことが自然にできる人は、やはり親切な人なんです。

最近は何かにつけて「偽善」「きれいごと」という言葉が出回っていて、親切なことをするたびに「偽善者」とか「好感度を上げようとしている」などと揶揄されがちな世の中になりました。

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そういう声を気にするあまり、「偽善者だと思われたくない」と思って、親切にしたい気持ちを抑え込んでしまう人もいるはずです。
でも、あの時行動すればよかったと気に病むくらいなら、相手に親切にした方がよっぽどお互いのためです。

親切な行動を批判する人というのは、自分には到底できないからこそ批判するのです。
むしろ、そうやって「偽善者」のレッテルを張り続けることで、なんとか親切をしない仲間を増やそうとしているだけです。

そもそも、そんな人に魅力があるのでしょうか?
少なくとも、親切な人を「偽善者」呼ばわりする人は「魅力がない」と思われるばかりか「心の狭い人」という印象を受ける可能性が高いのです。

人が人に親切にしたいというのは、人間ならではのとても素晴らしい精神です。
自分が人に親切にできないからといって、親切な人を批判するのは、誰のためにもなりません。

人間は一人で出来ることに限りがあります。
だからこそ、協力して助け合おうという気持ちが根底にあるのです。

それこそが、人間の本質だと言っても過言ではありません。
親切にしてみたいという気持ちは、人間として当たり前の気持ちです。
それを否定して排除しようとすること自体、自然の摂理に逆らっているようなものです。

偽善という言葉に怯えて、親切をしないのでは本末転倒です。
悪意を持った親切でない限り、偽善ではありません。
あなたの行動で誰かが笑顔になり感謝されるのなら、それこそ素晴らしい事だと思いませんか?


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